言葉が出ない

 家庭において、主婦が寝たきりになると、家の中か荒れる。私の場合、体の異常を感じてから、何年か、病院巡りをし、結果的に精神病と診断された。女性は 30代後半ばあたりから、体に異常を感じると、1,更年期障害、2,精神的問題、3,生まれつき。血液検査で基準値に大きな異常が出ないと、この三つに振り分けられる。10年間、精神科に通った。最後の2年位は、カウンセリングをしていても、ソファに坐っていること自体が苦しかった。精神ではなく、体が苦しい。説明しがたい辛さだ。カウンセリングの先生に線維筋痛症ではないか、と指摘され、待合室にあった雑誌の難病についての記事を見た。そして電話した。県外であったか、月に一度は、県外からの患者も受け入れていた。しかし病名がわかると地元に戻される。その時点で、地元医師の不在を思い知る。県が違うと、行政も変わる。受け入れてもらえない。

 私の夫は、精神的に成立した女性が好きだ。甘えたり頼ったり、耐えがたくなって泣いたりする女性を見るとイライラする。精神科に通っている間に、ずいぶん不安定になった私の心に触れるのがいやだったのだろう。次々と医者を変えた。県外の先生が診断した病名を、私の県では誰も知らなかった。私も混乱して、怒ったり泣いたりした。そうなると夫がうるさそうに、面倒だという顔で、
「泣いたって仕方がないじゃないか、薬を飲め」
といって、どんどん私に薬を飲ませた。向精神薬だ。気持ちが落ち着き、泣き止む。ベッドに入れられて、部屋の戸をぴっちり閉める。
 イライラする気持ちが痛いほど伝わるので、極力家族にものごとを頼まない。少しでもいやそうな態度を見せられると、気持ちが悪くなる。
 それが仇になり、社協の、面談資格を持つ代表とお話ししたとき、ずいぶん気に入らないことばかりなのがわかった。家族がいるのに、介護を頼みたいという希望が、図々しく感じられたのだ。
「家族がいるのに」
「ヘルパーはお手伝いさんじゃない」
の言葉が胸を指した。

 どうして家族に頼めないのか、は聞こうとしない。私の母は、何でも、姉と私に頼む。姉妹で疲れた。母の年代は、若い人に物事を頼むのは当たり前。遠慮しない。そして姉と妹、双方に「姉(妹)を頼む」と言う。姉妹助け合い仲良くさせようと、気遣うつもりが、私は姉に、「もう嫁に行っているのに、いつまでも妹を頼む、と言い続ける」と怒り出した。(いや、物心ついてから、ずっと姉に遠慮して、なにか頼んだことなど一度も無いから)と思いつつ「私もお姉ちゃんを頼むね」と言われ続けているよ」と返事したら、姉は黙った。

 私がタクシーを使うので、夫が娘を叱ったらしく、または、福祉関係の人と揉めているので、自分の立場を気にしてか、私を車に乗せるようになったが、「お願いだから、私に頼んで、タクシーを呼ばないで」というので、お願いはするが、顔色は窺う。姉と娘が重なる。似ている。たまらない嫌悪感だ。

 「家族は私に興味がありません」と社協の人に言いたいくらいだ。私を使うが、私を使えなくなったら家族の邪魔になった、だから家族には頼めない、なんて、福祉の人には、恥ずかしくて言えない。
 6年引きこもって、家族が各自の部屋で好きなことをする。平和で良い。だが、掃除、洗濯、食事、すべて不自由で、できない。汚部屋女子と、何でも妻がこなしていた夫なのだ。掃除と洗濯をしてくれて、離婚もせず、騒がない限り怒らない。それで上等。こっそり、娘の部屋を整理し掃除する。手がこわばる。やがて首も腰も痛み出す。前傾姿勢は非常に身体に負担を掛ける。
 その後、私は、菓子パンとカロリーブロックの生活で、徐々に健康を損ねているのを実感していく。
 いまこそ、福祉の力で、食事で栄養を摂取したいのだが、
「お手伝いさんじゃない」
と言われたら、言葉が出なかった。
 「女中を馬鹿にするな」
とおもう。私は「店員」をしていたことがある。個人商店では「女中」だ。この仕事はキツイ。365日、家に帰って眠る以外の時間すべて奉公しているのと同じだ。30分単位でお金を稼げる介添とは大違いだ。
 福祉の仕事をしている代表の、個人的な社会への差別意識がうかがえて、またまた人間に対しての憎しみが募った。