四年目の希望

 岡崎市の整形外科に行ってきました。元センセの紹介状を持って。結果、確実に強直性脊椎炎と断定されました。圧痛点から線維筋痛症ではないとのこと。放置されていた四年の間に、背骨一本分、癒着して、病気が進行していました。
 「一緒にここでくい止めるようにがんばりましょう」と言われ、鎮痛消炎剤をいただいてきました。ではASは薬でくい止めることができるのですね。東京有名先生に言われたこと・・・「若い男性しかかからない、滅多にない病気である」ことを話してみたところ、岡崎市の先生も以前は、そう信じていたそうです。
 けれども、実態として、AS患者は女性に多い、リウマチ患者より多いそうです。岐阜県で誰も信じてくれないのは、ASは医療従事者に大きな誤解を受けていて、あるいは骨の最終変形型しかサンプルの写真を見たことがなくて、診察の仕方を知らないから。それは名古屋の医師も同じだそうです。
 いままで、自分でも「あたまがおかしい」のかもしれないと、岐阜県の先生の言葉に惑って、自分は一体何だろう、ということと、あまりの苦痛に身動きできなくなっても、誰も信じてくれないことが、他人を信じないことに直結していました。
 それが、やっと、自分で骨の写真を見て、ショーバーテストを、本で読むのでなく、「実際に」自分が診察されて、気になっていた病状を理論的に説明されて、「難病のふりしている」という冷たい視線を信じなくてもいいと理解し、こころの凍っている部分が溶けて、初めて安心しました。罵倒され、気落ちして、放置したまま進んだ病状も認め、医師を選り好みする自分の甘えでもなかった。本当に難病であるとわかって、この四年間の、死にたくなるような苦痛の毎日を、無駄だったとはおもえなくなりました。

 同じ病で悩む人のために、これ、書いておきたいんです。
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ASにHLA−B27は無関係。性別も無関係。
リウマチ因子も無関係。
日本人では、重篤になる人の割合は少ない。
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これを知ってるだけでも、かなりの希望になります。


 一人の医師が、私の言うことを信じてくれたと言うだけで、それだけで幸福感が生まれました。冷笑に満ちた態度で私に接していた多くの、ほんとうに多くの医師を許せると感じました。今は、東京有名先生のこと、怒っていません。ふしぎ、昨日までものすごい怒りにみちて、苦しかったのに。東京は東京で好きにすればいい。私はいなかで生きていくからって、そういう気持ちになりました。