人は自分じゃないと痛くもかゆくもない

 県病院から家に帰ってきて、三ヶ月後のことはどうしようかとおもいました。もう、薬がなくなったら死にたいとおもいました。身体の苦痛は耐えがたく、人の叱咤激励など無意味なのです。
 電話で病院の相談室に紹介状をもらえるか質問したところ、次の日にはお返事をくださって、先日の先生は書類を書いていて、もう郵送したと知らされました。ありがたいのだけれど、届いた紹介状の、相手の名前が、元の主治医の名前になっていました。
 そういえば、「紹介状をどこに対して書いて欲しい」というのを伝えるのを忘れました。というか、べつの病院かクリニックを紹介して欲しい・・・。ではあのとき、ひらひらもてあそんで一瞥していた書類は、やはり元主治医の診断書・・・OH!NO!封書の中身が想像できます。当てこすりか罵倒だぁ。
 仕方がないので元主治医の病院に再び連絡をして、予約できるか、診察してもらえるかは未定ですが、紹介状を郵送することになりました。手渡しでなくて良かった・・・片道3時間の高速道路。
 身体は苦しいし、お金はかかるし、書類を受け取りに行く、取りに行くだけで、あとからどどっと具合が悪くなります。

 結局、一年さまよって元の主治医に出会い、三年さまよって元の主治医に会いに行くことに・・・想像するだけであせだらだら。息苦しく、起きていられませんでした。自分でおもっているより、あちらの病院でのトラウマは激しく、表面は平気を装っていても、深層では完全に否定しているのでした。

 たくさんの医療機関と行政機関に電話して、叱られて、疑われて・・・良い人であろうと思われる方は「痛みは自分にしかわからないからねえ」と、たぶん、親切心からおっしゃる。そうではないと、心で返事をしているおのれに気づくことがあります。昔聞いていたR&Bのアルバム、題名も忘れたけれど、その一節を。「人は自分じゃないと痛くもかゆくもない」